おじいがいなくなった日~2日間

9月末に緊急入院となった祖父

微熱が続いていたり

うなったり

入院したことにより「誤嚥性肺炎」であったこと、飲み込みが困難な状態であることが分かった。

2週間ほどで退院したものの

飲み込みができないので点滴・吸引・酸素・排尿において管管管管・・・

管まみれの体になりました。

1日1回の訪問看護

誰かの助けにならないと暮らせないのは理解している

自分も介護福祉士として訪問してた身として理解している・・・つもりでした・・・が

やはり短時間でも

他人が家に居るという状況はけっこう・・・ストレスになります。

時間が一定ならまだしも

月曜日は9時から

火曜日は16時から

それも定刻通りにはいかず「もう来た」「まだ来ない」が日常茶飯事

そんななか

なぜか10月28日17時訪問予定の看護師さんが9時頃に訪問

だいぶ時間の変更ありあり・・・

またかと思う反面、いい加減さにイライラ

吸引を丁寧にしてくださり

体をきれいにしてくださり

イライラも改善

体調にも変わりない様子の祖父でしたが・・・

15時20分ころ様子を見に行った父親から

「息をしていない」の報告

急いで祖父の様子を見に行くと眠っている様子だが脈は無し

まだ温かい

頭も足の指先も温かい

「もう頑張ったよね」「お疲れさまでした」という気持ちと

「温かいからまだ間に合うかも」という望みからの心肺蘇生

結果、そのまま旅立ちました。

父がドクターに連絡、お寺に連絡

ドクターは20時30分に来るとのこと

お寺さんからはドライアイスの手配で業者さんが来るとのこと

ところがドクターが来たのは21時30分すぎ・・・

その前にドライアイスが来てしまい、ドクター待ちでした。

ドクターもナースも忙しいのは理解していますが、

「報連相」

電話連絡の一つもできないものかと・・・

待たされている側の不安は放置かと・・・

当事者になって感じることが色々ありました

勉強にはなりました

おかげでブログにも書けました。

それからあっという間の葬儀が実施され

2日後の現在にいたります。

キーパーソンで頑張ってきた父は「介護ロス」だと言っています。

定期的に行ってきた痰吸引

夜中も行っていたので

お骨のある部屋を今でも習慣で開けてしまうとのこと。

いつまでつづくのか

介護の期間を検索してしまっていたほどでしたが

いざその時が来ると

「もっと○○してあげたら良かったな」と後悔するものです。

「ありがとう」の連呼も

「何でもありがとうって言えばいいと思って・・・」なんて

素直に受け取れなかった心が切ない・・・

夕食を食べてほしいからと止めていたお菓子を

時には好きなだけ食べてもらえば良かったとか・・・

叶えられなくなってから思う

「今日を最期の日と思って接する」

介護の仕事をしている際に聞いた話を忘れていた

みんないつまでも居るわけでは無い

年齢も関係なく

いつお別れになるかは分からない

その時後悔しないように・・・

その時自分にできることを考えながら過ごしていこうと思う

葬儀+2日です。

ふと疑問に思うのが当日大幅な時間変更で訪問に来てくださった看護師さん・・・

旅立つ準備をするために何らかの力が働いた結果なのか・・・不思議です。

きれいな体で旅立つことができ良かったです

ありがとうございました。

現在、在宅介護で頑張られている皆様

めちゃめちゃ大変でゴールの見えない毎日にイライラすること

身をもって理解できます。

でもその時は突然来ます。

ひとりで頑張りすぎず、利用できるサービスは活用し

愚痴を吐き出し

相談をし

助けを求め

過ごされて下さいね。

まずは自分が一番です。

頑張りすぎず過ごされてください。

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